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スノーボーダーってDQNだよね

寒い。

どうも、ジョびです。


最近、CSOをはじめました。
CFでのクラン戦も無くなり、ちょこちょこCS系もやっていました。
でも、1.6は厳しすぎた・・。
おっさんでは、今の若者の動きには全くついていけません。
それでも頑張っては見たのですが、これから彼らのレベルに到達するほどの練習量を予想すると萎えました。
それで、もうちょっとカジュアルなCSOにしてみました。

1.6に比べるとノーマルサーバーでも集弾が良いし、動きやすいです。
若干ユルい仕様になっているのだと思います。
ただ、レベルはCFよりもずっと上だと思いました。
索敵の速さとか、読みだとか、aimが上手な人が多いです。

というか、CFのレベルが下がったのかな。

CSOの後に「ちょっと気分転換」的な感じでCFをやってみると妙に成績が良いです。
気分転換に最適です。



そういえば、今日の朝オリンピックのスノーボードハーフパイプを見ました。
やっぱショーン天才だわ上手いね。

日本勢は残念でした。
国母選手は服装で怒られて結果も出せなかったから、カワイソウな感じにまたディスられるんでしょうねぇ・・

まぁ、ボクもスノーボーダーの端くれとして思うことがあるので書くかなぁ。

てことでスノーボーダーという人種について勝手な持論だけど説明してみるでござる。

以前も書いたかも知れないけれど、スノーボードには2種類の人種がいます。
スノーボードってたかが遊びじゃん派、オリンピックスポーツじゃん派。
昔ハーフパイプやっていたときに肌で感じました。

実際、大会で勝つことはとても大変です。どんなに上手でカッコよくても勝てないことがある。
でも上手でカッコイイ人は大会以外でも常に上手でカッコイイ。

反対にハーフパイプを競技としてやっている人は大会ではそこそこの好成績を常に出すけれど、普段の滑りや技がカッコ悪く見えます。

ボクは「スノーボードは遊びじゃん派」なので、今回国母選手が服装で怒られて態度でさらに怒られている件に関して擁護的な見方をしています。
でも、ボクは大人なので服装はキチンとするべきだという立ち位置を明確にした上でです。

だってスノーボーダーだもん。って感じで。
喋ったことないし、あまり知らないけれど国母選手の雰囲気を見ていると、「スノーボードは遊びじゃん派」の香りがします。
こういう人種は大会で勝つことに全てのベクトルを向けている他の選手にしてみれば、理解不能だと思います。
そして、そのような価値観を持った多くの人も批判するのが普通です。
オリンピックで勝つことが、凄く重くて名誉なことで大変なことであるからこそ反発が強いのでしょう。

でもスノーボードに関して言えば、大会で勝つというのはまぁ凄いことだけれど最大の名誉ではありません。

大会では高くてカッコイイエアー1発よりも、低いエアーで確実に回る難易度の高い技の方が高得点評価される場合もあります。遊びじゃん派の人は、いかに目立つか!って頑張るからオリジナリティのある技やぶっとびエアーや意味のわからん動きをしてくれます。見ていて楽しいし、カッコイイです。でも勝てません。てか、頑張りすぎて転びます。

反対に競技じゃんっていう人は一発バカじゃ勝てねーんだよ。と黙々と練習して完璧な大会用の滑りをします。
エアーはコントロールできるレベルに抑え、グラブは掴んでいれば良し。転ばないように几帳面に滑ります。
見た目がキレイですが、なんの面白みもありません。

遊びの王様は楽しそうでカッコよくて、スタイリッシュで、多くの人から注目され、技を真似され、ムーヴメントを起こすカリスマのことを言います。そういう風に見られることが最大の名誉であると思います。

そういう意味に置いても、ショーン・ホワイトは1番ですね。
大会で勝ち、カリスマでもある稀有な天才です。

スノーボードが好きで好きでたまらないって人はナチュラルで遊んでいます。

そういう遊びがスノーボードであり、スノーボーダーだと思います。


だから、国母選手の態度や服装についてボクは大人としてダメだと思いますがスノーボーダーとしてアリだと思います。
そういう何か政府だとか、国民だとか、名誉だとか、オリンピックだとか大きな流れに対するアンチテーゼも含めてスタイルである。という話です。

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ビッグバン・コッペパン

最近仕事が忙しくて昼間にブログ書けない。

で、今はCLX!の人たちがINしてきてないので寂しいし暇なので書くことにする。
どうも。風邪気味な感じでせっかくの祝日を満喫できない気がしてきたジョびです。

ところでハナハナさんが、本を買ったとか食べたとかブログで書いてあったのでボクも本について書いてみることにしました。

まず、今ボクが読んでいる本「幸運な宇宙」ポール・デイヴィス著。約1年前に買って、それから寝る前に読んでいます。
半ページで寝ちゃうので、未だに読みきっていません・・。
でもあと1章だ!半年後には読みきっているはず。

で、内容なんですがタイトルの通りボクらがここに生命として存在しているのはとても幸運なことだよ。ってことを500ページ近くも使って書いてる本です。

以下から長文ですが、これを読めば500ページの本を読まなくても読んだ気持ちになります。

よろしく。



まず、人は宇宙を理解するのに大昔からいろんな方法を編み出してきました。
神様の存在や数学は、その基本となる考え方です。
「雨はどうして降るんだろう。」ということを理解するのに、雨の神様が降らしているのさ。という考えと海からの水蒸気が上空で冷やされて雨になる。とか色々やっていました。
そして、月日は流れガリレオさんが望遠鏡で空を覗いて天体観測を始めました。
現在、宇宙マイクロ波なんちゃら望遠鏡で宇宙が始まって38万年後の熱の名残りを観測したそうです。
このことにより、宇宙が137億年前にビックバンで始まったことがわかったそうです。
そして、重要だったのがビッグバンの時の宇宙には温度の揺らぎがあったことです。

もし揺らぎがなかったら宇宙が存在しなかったそうです。
なんでかって?空を見たらわかるじゃない。星が集まっているところもあれば無いところもある。
今の宇宙は均一では無いはず。だったらビッグバン直後も不均一じゃないとダメじゃん。
っていう話になる。で、観測したら確かに原始の宇宙ではその温度差があったって話です。

あ、ちなみにビッグバンの話で誤解が多いのが「宇宙の中心で小さな豆粒みたいなヤツが爆発した」的なイメージを持つことらしいです。ボクももちろんそんなイメージをしていました。
でも、中心があってそこから放射状に広がり中の地球から宇宙を観測すると、中心の方は沢山の星が見えて、後ろを見ると全く何もない空間があるはずです。

でも実際はどこの空を見ても同じっぽい風景。

あ、宇宙の中心なんてのは無いっぽいよね・・。ってわかります。
だから宇宙の膨張とかビッグバンとかの言葉は適切じゃないんだけど、使っちゃってるみたいです。

じゃ、実際宇宙はどんな感じ?っていう説明が欲しいとこですよね。

簡単に言うと「干しブドウが入ったパン生地をオーブンで焼いている状態」らしいです・・・。
どうやらすべての干しブドウが星であり銀河で、パン生地が空間らしいです。
どの干しブドウも自分と離れていっているけど、自分以外の干しブドウ同士も同じように離れていってる。

要はすべてが自分以外のモノと離れていっている。ということです。

でもここで大事なことを認識しなければなりません。
宇宙の地平線ってやつです。よく何億光年とか言いますね。現在観測できる最も遠い銀河は約460億光年の距離にあるらしいです。(宇宙が始まったのは137億年前。だけど宇宙は膨張してる計算をすると460億年先を確認できるみたい。)
それ以上の距離にあるものは観測不可能で、それ以上時間を遡ることもできないのです。


え?じゃ、何もない空間とかがあってそれが宇宙の地平線の外にあったら見えないわけでしょ?
じゃ、宇宙に中心があるかもしれないじゃないか!

ってな話になるわけです。


さーて、ワケがわからなくなって参りました。


簡単に言えば宇宙のすべてを観測できないので、ぶっちゃけわかんね。って感じです。

だから科学者とかが一生懸命に研究して、その「ぶっちゃけわかんね」ってところをできるだけ解明しようと頑張っているようです。

で、こんな仮説がでました。

・見える範囲は限定されてるけど、見えないとこも同じっぽいんじゃね?
・見える範囲の宇宙と全く違う世界があるんじゃね?

この二種類の考え方って、最初に書いた「雨はどうして降るんだろう。」の件での神様と数学の違いです。

でも、この2種類のアプローチは面白いです。

ぶっちゃけ神様いるんじゃね?という感覚的な予想を科学は認めたくなくて一生懸命に研究したら「やべ・・マジ神様いそう・・www」っていう感じらしいです。

そのワケは「多宇宙論」って考えかた。
これは、現在観測されているまたは存在している自分たちがどうして存在しているのか?ってことを研究していくと、なんだか原子ができたのは超ラッキーで、さらに生命ができたのは超超々ラッキーが重ならないとできなかったことがわかってきたかららしいです。

ボクたちは炭素生命です。
炭素が無ければ存在できなかったわけで、今存在しているということは炭素が宇宙で作られたからに違いありません。
でも炭素ってどうやってできたの?って話ですが、実は炭素を作り出すって超大変らしいです。

そのあたりはわけがわからん超専門的なことがやたら書いてあるので、省略しますがどうやらベリリウム原子核の寿命が10の20乗分の1秒に長くなったおかげらしいです。

あと、ニュートリノがどうのこうので陽子と中性子の割合がモジャモジャで余分な陽子が水素を作ったおかげで、太陽が燃えて水素と酸素が結びついて水ができたモジャー。となる。

その他にもいろんな微調整しなければ生命が誕生するまでには至らなかった問題が山積みになっているのです。
ちょっとでもバランスが悪かったら宇宙は存在しないし、もちろん生命は誕生しなかったようです。


そういう研究をしていくと、やっぱ神様いるんじゃね?的な発想がでてきちゃうわけです。

多宇宙の考え方でいけば、今ボクらが存在している宇宙の法則と全く違う法則の宇宙がたくさんあるんじゃね?
ということを踏まえると、人間様よりも知能だとか科学が優れた生命がいるんじゃね?っていうことも考えられる。

で、超スゲー生命が宇宙の理論を作り上げて試しに宇宙を作ってみちゃお!てな感じで作ったとする。

それがビッグバンで、たまに失敗作の宇宙ができるけど多宇宙は無限。
無限の中で、超超々ラッキーで生命が誕生しちゃった宇宙が・・・・実はボクらの宇宙じゃね?

って考え方。

いやいや、それって偶然でしょ?
神様がいて、生命を生み出そう実験をやって成功したからボクらが存在するんだよ。
だから宇宙の法則はあたかも誰かが微調整したようになってんじゃね?

って考え方。



さてさて、ボクら人間は実際作られた生命なのか・・・
なんで今ここに存在しているのか。

おもしろいですね。

とりあえず、これから読む章がそんな感じのテーマです。

さーて頑張って読むかぁ・・・。






ボクが本を読むのは、自分の考え、自分の存在する場所、自分の見ている方向、考えている場所。などなどを明確にしていくためです。

人間は何かを認識する際に、相対的なものを探します。
例えば真っ暗な海で自分の位置を明確に表すには星を見るだとか灯台を見るだとかです。
他人がいなければ、自分が存在していることを確認できないように。

本を読んだり、誰かと議論したりすることで自分という存在をしっかり観測することができると思います。

その観測結果から、今自分がどの位置にいてどの方向へ向かうべきかを考えるわけです。


ハナさんとこで紹介されていたビジネス書等は、その一つの灯台になるわけですが、より明確に自分の場所や進むべき方向を見定めるには、灯台だけではなく星や潮の流れ、風や温度湿度、などなどのパラメータによってもっと明確に自分の位置がわかるはずです。そして自分の進むべき方向も明確になっていきます。

だからエロ小説もビジネス書籍と同じくらい大切なのだよ。

というわけで、言いたいことは最後の1行だったわけで、ボクは寝るでござる。

おやすみぃ
プロフィール

@ジョび

Author:@ジョび
どうも。ジョびです。
基本的にナイーブです。

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